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5.芳泉のヒットで生き延びたその後

category : ほんの木ヒストリー 2013年8月12日 

ほんの木の木製看板

ほんの木の木製看板

「障害者作業所」って知っていますか? 93年当時は厚労省から経済的支援を受けられず、障がいを持つ人々やその親、彼らをサポートする善意の人々が集まって、福祉作業で社会参加を目指していたのが作業所です。ある日、実態を市民に伝えるその集いがあり、私はかけつけました。何と全国に約3500もの作業所があり、厳しい経済状況の中で毎月、一人の月給約8000円で仕事をしていることを知りました。国の支援を受けた法人や授産施設の外にある人々を、何とかできないか?
「芳泉」のヒットで借金を戻し、やっと一人前の通販事業を学び始めて少したった時でした。私は、この3500の作業所の人たちのために、「ほんの木」を役立てようと考え、東京都下の新小平にある全国障害者作業所連絡会を訪ねました。初めての訪問、それも小さな無名の出版社、けげんな顔をされましたが、作業所すべての都道府県別リストと、生産品リスト、どんな仕事ができるか、を一覧にした、障がい者作業所の仕事作りの全国ガイドを作りたい、との申し出に、OKを頂きました。
作業所の方々が多くの部分を手伝ってくれました。朝日新聞にこの企画が載り、日本IBMや当時「らでぃっしゅぼーや」代表で衆議院議員でもあった新党さきがけ→民主党の高見裕一さん他がひと口10万円の寄付を下さいました。(寄付者リストは本の巻末に入れてあります)
お金もかかり、ぶ厚い『障害者作業所全国電話帳』がやっと発売に。1994年7月7日でした。ようやく、「ほんの木」を助けてくれた天からの「幸運」を、もっと大変な思いをしている人々に、おすそわけできた、と安堵した矢先に、翌年1月17日の阪神淡路大震災が発生したのです。
(文/柴田敬三)

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