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6.阪神淡路大震災と、初めての ボランティア

category : ほんの木ヒストリー 2013年9月26日 

ほんの木ヒストリー実は1994年7月刊の「障害者作業所全国電話帳」を発行する前に雑誌アップデイトから、ユニークな本を沢山出しました。

障害者作業所全国電話帳

障害者作業所全国電話帳

「日本人をやめる方法」「地球と生きる55の方法」は共に売れ、話題となりました。また、93年に「初めてのボランティア」を発売、当初、天声人語に載ったものの売れずに……がある日突然売れたのです。
1995年1月17日の阪神淡路大震災が発生し、日本は大混乱に。この時、続々と神戸を目指し日本中から自発的な市民のボランティアが集まりました。この時から、小社の「初めてのボランティア」が売れ出したのです。いかにも日本らしい、「なってみて初めてわかるボランティア」(川柳?)なのでした。今回の3・11の東日本大震災と福島第一原発事故。それに伴う脱原発の動きも、同じように多勢のボランティアや原発反対が広がっています。
そして、私たち「ほんの木」も私と高橋利直、そしてジャーナリストの神保哲生さんと3人で、1月20日に神戸に出発。バンを借り救援物資を積み、現地のボランティア体制作りの情報収集をし、4日めの朝、東京に戻りました。ボランティア団体と、NGO団体に集まってもらい、現地神戸への救援体制を説明し、その後、多くのボランティア団体が神戸に入ったのはご承知の通りです。なぜか、民間の零細出版社が、初めての緊急時のボランティア活動の道筋をつけたのでした。(「初めてのボランティア」の本出版の責任?)
また、当時TBSで、「ほんの木」の芳泉をテレビで扱ってくれて、会社を救ってくれた、下村健一さん(前内閣広報審議官)が神戸取材から戻り、「ほんの木」にやって来て、「障害者作業所全国電話帳」で神戸の障害者施設をすべて調べ、再度、障害者を救援するため、バイクで全てを回ったそうです。本当に必要な時にこの本が役に立ちました。さらに、山形県米沢市の現生活クラブの井上肇前理事長(大変小社と仲よくしている)が、小社からの緊急要請に応じ、やはり障害者の入浴サービスを買って出て、山形から多くのボランティアが長い間神戸に入りました。(現、ボランティア山形)(詳しくは小社刊「売れない本にもドラマがある」に収録(続く)(文/柴田敬三)

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