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8.再び、苦難の’92~93年を思い出す

category : ほんの木ヒストリー 2013年11月6日 

芳泉と、土壌改良剤の長寿元が全く売れない事態に苦しみました。銀行の借金返済と金利支払いでかけずり回りました。仕事が夜9時くらいに終わると、一人で缶ビールを飲みパソコンの麻雀ゲームでストレスを忘れるような毎日。酒飲めるようになりました。段々とストレスがパニック症候群の症状となり、地下鉄で電車が止まると、心臓がバクバクし、冷や汗が…。克服しようとある時、「自分の回りにいる、弱い人を万一脱出する時に、まっ先に助けよう。子ども、女性、お年寄という順に」と考えていると心臓のバクバクが収まることに気付きました。
それから徐々に、パニック障害は減少。でも今もエレベーターや高所は恐怖症です。(笑)強力なストレス、特に借金を返せない苦しさ、貸し手からの追求。夜は寝られず、朝早く目が覚める。中小企業のトップが借金で自殺をするニュースを聞くと、心から同情します。缶ビール一本で私はアルコールを覚えましたが、パニック脱出法も知りました。苦しい2年間でした。
ほんの木ヒストリー7 TBS「ビッグモーニング」という番組で偶然、芳泉と長寿元が報道され、以後数か月注文の山に追われ危機を脱しました。借金を3年かけて返し切れた頃、パニック症候群が無くなりました。このテレビ報道には下敷きがありました。知人の新聞社の記者と通信社の記者が、芳泉と長寿元のエコロジカルで、健康によい商品に注目。全国的な記事にしてくれました。その記事から半年後、回り回ってテレビ番組の企画会議に…。その番組のキャスターが、偶然知り合いだったこと。オンエアの朝(9月25日)に日本中が寒波に襲われ、温かい漢方入浴剤の番組がピッタリだったこと。まさに人生は、知人、つまり、人の縁の力、そして何かの力、運の力でした。ほんの木はこうして延命でき、再スタートを切れたのです。(柴田敬三)

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