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でも、情なや! 結局雑誌を廃刊に! 前にも書きましたが、この「アップデイト」という、グローバル化を日本に正しく広めようという狙いのグラフィック・マガジンは結局、30冊、約丸3年半で休刊となりました。資...続きを読む

1986年に出版した、船上討議の材料である「ばななぼうと」という1冊の本で「ほんの木」も船出しました。船上に集った約300団体、約500人の市民運動家やNGOの活動家は、皆、草の根のふつうの市民でした...続きを読む

ほんの木、なぜ創ったか創業の考え方は? 12月22日、あるお客様から、前号で1年間の出来事を書いたコーナーをお読みになり、山本コウタローさんが来た、と小さく書いた一文について、お問合わせのお電話を頂き...続きを読む

さて、芳泉(漢方入浴剤)のテレビでの大ヒットで、1992~93年で何とか危機を脱出した「ほんの木」。幸運のお返しに作ったのが「障害者作業所全国電話帳」でした。お陰様で、今も私たちのDMは、その作業所の...続きを読む

芳泉と、土壌改良剤の長寿元が全く売れない事態に苦しみました。銀行の借金返済と金利支払いでかけずり回りました。仕事が夜9時くらいに終わると、一人で缶ビールを飲みパソコンの麻雀ゲームでストレスを忘れるよう...続きを読む

前号で書いたように、阪神淡路大震災の現場に入り、支援活動のやり方を調査し、東京へ戻り、NGO団体とボランティア団体に説明をした私たち。「ほんの木」はその頃から、緊急事態への危機管理、防災対策、大地震な...続きを読む

実は1994年7月刊の「障害者作業所全国電話帳」を発行する前に雑誌アップデイトから、ユニークな本を沢山出しました。 「日本人をやめる方法」「地球と生きる55の方法」は共に売れ、話題となりました。また、...続きを読む

「障害者作業所」って知っていますか? 93年当時は厚労省から経済的支援を受けられず、障がいを持つ人々やその親、彼らをサポートする善意の人々が集まって、福祉作業で社会参加を目指していたのが作業所です。あ...続きを読む

雑誌アップデイト失敗で借金の山 グローバル化を洞察した雑誌「アップデイト」は資金が続かず’91年秋で終了。そこからが苦しい日々でした。やむを得ず、何とか更に借金をし、出版だけでは余りにも収...続きを読む

『アップデイト』(グローバル化と日本を考えるビジュアル・マガジン)を30号で廃刊にし、夢破れたのが1991年9月。ここからが本当に苦しい経営でした。資金が底を尽き、資金欲しさに某大手地図会社S社の下請...続きを読む

ほんの木と中森明菜さん 実は、「ほんの木」が取次店(本の問屋さん)と取引口座を開設できたのには訳があります。 当時、中森明菜さんのプロダクションからの依頼で、彼女の全盛期でしたから写真集を頼まれました...続きを読む

1986年、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の年、「ほんの木」を設立しました。 市民運動やNGOを応援する出版社をつくろうと……。 よく、「ほんの木は通販会社ですか? 出版社ですか」と質問されます。実は...続きを読む

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