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2.雑誌創刊で失敗。アメリカにNPO法人。市民運動の応援も仕事のひとつ

category : ほんの木ヒストリー 2013年4月16日 

ほんの木ヒストリー2ほんの木と中森明菜さん

実は、「ほんの木」が取次店(本の問屋さん)と取引口座を開設できたのには訳があります。
当時、中森明菜さんのプロダクションからの依頼で、彼女の全盛期でしたから写真集を頼まれました。それに取次店が注目し、取引口座開設に到ったのです。
第一作「ばななぼうと」の次の本が、中森明菜さんの写真集。そこから全国書店への道が開けました。以後、彼女の写真集を2回出し、特にファッション・ブック「クルーズ」は、大変に売れました。
余勢を買って(いや、向こう見ずに?)1988年に月刊誌創刊にチャレンジし、「アップデイト」という、国際化(グローバル化)する日本を、世界の視点から洞察する編集方針で、勝負。でも時代の読みが早すぎました。30号で廃刊へ。大変残念な内容のこの雑誌は、今も心残りです。
この雑誌からはジャーナリスト、カメラマン、国会議員も沢山生まれました。約20年早かったと噂されたのです。
また、この雑誌からアメリカの市民運動とのネットワークが生まれ、1991年の廃刊の年に、サンフランシスコに現地NPOや有名環境活動家の協力で、NPO法人「ほんの木USA」を設立。日本人の手による、アメリカでの最初のNPO法人となりました。(1998年、日本にNPO法人法ができ、解散しました)
出版社を越えたチャレンジでしたが、さらに、92年に「Japanese Working for A Better World」というタイトルの、日本の市民運動約800団体と47人の主要市民活動家を英語版にした紹介本を発刊。サンフランシスコで印刷。リオの第1回NGO地球サミットで販売しました。(発展途上国は無料配布、欧米には有料で販売)。日本の市民運動の国際化に一役買うことになりました。
ほんの木は、企画が時代の先を走りすぎかも?

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