Home » ほんの木ヒストリー » 4.本当に苦しい資金ぐりの、どん底時代1992~

4.本当に苦しい資金ぐりの、どん底時代1992~

category : ほんの木ヒストリー 2013年7月1日 

ほんの木ヒストリー4雑誌アップデイト失敗で借金の山

グローバル化を洞察した雑誌「アップデイト」は資金が続かず’91年秋で終了。そこからが苦しい日々でした。やむを得ず、何とか更に借金をし、出版だけでは余りにも収入が安定せず、その頃、知人から聞いた薬湯と、その廃湯を発酵させた土壌改良剤に注目し、資金を投入。しかし売れない! ’92年に入り、それら商品が朝日新聞、共同通信に運良く取材を受け、少し売れたもののパッとせず。
その自然雑貨が、その後の「ほんの木」を助けてくれた漢方生薬入浴剤「芳泉」と、土壌改良剤「長寿元」でした。実は’92年の春から夏は私(柴田)は完全にウツ。(笑)借金苦、返済のあてのない毎日に心神症状態でした。会社を回せない。食っていけない…。が、その間、単行本が、「アップデイト」から色々生まれてきて、そこそこ売れるものもあり、スタッフの給与だけは遅配はありませんでした。
’92年9月に、当時TBSの朝の番組「ビッグモーニング」で、芳泉と長寿元を取材したいとの連絡があり、びっくり。朝日新聞や共同通信の記事などが回り回ってTBSのそのスタッフたちに入り、ユニークな薬湯として注目されたそうです。
この入浴剤、確か9月25日朝の放送でした。丁度不思議にも、寒波が全国的にやってきて、約8分間、放送開始から「ほんの木」に多くの電話が入り始め、回線がパンクし、NTTがすっ飛んできました。「TVに出るなら準備しなきゃ!」と。が、スタッフ5人で4台の電話にへばりつき、丸一日トイレに立つのも厳しい状態となったのです。そして製造から出荷へ。
大パニック。売れまくりました。正直にやっていれば天は助けてくれる。その時本当にそう思いました。その意味は、とてもここでは語り尽せませんが、人のつながり、脱原発への活動などから広がった人間関係が伏流していたのでした。
2年間で何とか銀行に借金を返し、会社が通販で回り始め、ひと息ついた時、何か我々よりもっと困っている人に役に立つことをしたい、このラッキーな運を他の人々におすそ分けすべき……との思いが私の中に生まれました。
(続く…柴田敬三)

ページトップへ戻る

ほんの木

Copyright(c) 2013 ほんの木 All Rights Reserved.