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ほんの木 ヒストリー 中森明菜写真集から 国際化雑誌へ

category : ほんの木ヒストリー 2014年4月4日 

写真:中森明菜
1986年に出版した、船上討議の材料である「ばななぼうと」という1冊の本で「ほんの木」も船出しました。船上に集った約300団体、約500人の市民運動家やNGOの活動家は、皆、草の根のふつうの市民でした。多くは、反原発を掲げ、命や子ども、有機農業や女性、障がい者問題、給食、LLミルク、海外支援NGO、生協運動、代替教育や代替療法、その他多様なテーマの市民がいました。
この人々との出会いが「ほんの木」の行く方向を決定づけてくれました。この市民運動やNGO活動が日本中に広がり、ふつうの市民の力になれば、日本は民主主義社会に生まれ変わるにちがいない。強く確信しました。
その頃、タレントの中森明菜さんの事務所から声がかかり、写真集をやってくれないか? との依頼が入りました。中森さんの当時の事務所と、私、柴田が大変仲が良く、社員同様に温かく接してくれていましたのでお返しのつもりで引き受けました。
この写真集が大ヒットし、ほんの木は全国書店と取引きができ、以後、出版物が全国に流通したのです。お調子者ほど勢いが止まらないとはこの事。1988年、この資金で無謀にも雑誌を発刊。「アップデイト」という、国際化、グローバル化する日本のあるべき姿をメディアにしよう。海外からみた日本、日本に住む外国人の眼を中心に、世界のニュース、政治や人権、第3世界や公正な民主主義の正しいあり方を日本に生み出そうとチャレンジしました。それは今日の日本の姿を先取りする、グラフィックマガジンとして、若者にかなり支持されました。この本の読者から今、複数の国会議員も生まれています。(続く)柴田敬三

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